うつ病を克服する方法は『逃げること』これのみです。転職した本当の理由【外伝2】

仕事について

みなさんこんにちは!

もう今週で10月も終わりですね。来月はもう11月です。あと2ヶ月で今年も終わってしまうなんて、何だか早いですね。今年やり残したこと、残り2ヶ月思い残すことなくやっていきましょう!

 

さて、今日は唐突ですが、【うつ病を克服する方法】について書いていきたいと思います。

もし、今仕事が原因で鬱で悩んでいる方に向けて、僕の体験が少しでも参考になれば幸いです。

 

僕が転職した本当の理由

僕は今年の3月に転職をしました。今は環境もよく、ストレスなく仕事ができています。

今まで転職について、僕の体験談を書いてきました。

12年勤めた旅行会社から転職を決意した理由
皆さんこんにちは 今日は『旅行会社を退職した理由』について書いていきます。 僕は大学卒業後、新卒から約12年旅行会社で勤務していました。 社名は伏せますがどちらかといえば、大手の部類に入るかと思います。 ...

 

『馴れ合いという名の罠』僕が転職した本当の理由【外伝】
みなさんこんにちは! 今日は一日雨ですね。台風も近づいているみたいですね。 予想だと関東に近づいてくるのが週末のようですので警戒が必要です!こまめに進路を確認していきましょう! 昨日は前職の同期6人と久々に飲みまし...

 

ですが、打ち明けていないことが一つあります。それは、、、

「パワハラによるうつ病」になったためです。

 

うつ病になった経緯

 

どうしようもない学生生活

僕は新卒で大手旅行会社に入社し、約12年勤めました。

僕は学生の頃は全く勉強ができず、高校も大学もAO入試、要するに受験をしたことがなかったのですね。

AO推薦といっても行けてギリギリの名も通っていない大学。

大学に通っている時もクラスメイトに出席をお願いし、僕は原付バイクで友人と夜まで遊び呆ける毎日。論文も先輩の丸写しで何とか済ませるという始末。

本当にひどい学生生活を送っていたものです。

 

こんな自分でも拾ってくれた旅行会社

そして就職活動。

僕は「旅行が好き」という理由だけで、勉強もろくにしてない僕が無謀にも旅行会社に応募しまくり、何と前職の旅行会社が僕を採用してくれたのです。

僕の通っていた大学は福祉を専門にしていた大学でしたので、周りは当然福祉施設や福祉、医療関係の会社に就職していきました。

しかし、福祉以外の業界、ましてや大手の旅行会社に受かったケースは今まで僕以外あまりいなかったということで大学側からも特別な存在という扱いを受け、大学の雑誌に載せると取材を受けたくらいです。

なぜ受かったかと自己分析すると、完全に「ポテンシャル採用」ですね。

馬鹿な分、元気だけはありましたし例え同じグループ面接で早稲田などの高学歴な学生がいても、キャラで(ほぼ大声で)面接の場を圧倒し、「こいつ違うな…」と思わせたら勝ちと思って臨んでいました。

これが効果があったとしか考えられません。

まあ、簡単な言葉でいうと「奇跡」でした。

 

「定年まで働く」と奮闘した前職・旅行会社

旅行の知識なんて当然ありません。学生時代はろくに勉強もしてこなかった僕を拾ってくれた前職に僕は感謝しかありませんでした。

「ここで僕は頑張ろう!」「定年まで頑張るんだ!」「何があっても這いつくばってでも頑張るんだ!」と決心して仕事は全力で臨みました。

役職も何だかんだでリーダーまで昇格できました。

それから、中堅社員になってきたところで名古屋への転勤が決まったのです。

これが2017年。3年前ですね。

 

何もうまくいかない名古屋時代

 

僕はさらなる飛躍を求めて名古屋に異動しました。

かなり多忙な業務

今まで東京の本社で割と人数も多かった部署にいたのですが、名古屋は違いました。

全体的にも人数が少なく、チーム単位でも人数が少ないため、今まで東京で若手社員がやっていたことも全てやらなければいけないという状況で、必然的に残業時間は膨れ上がりました。

僕自身転勤ということも初めての経験でしたし、慣れない土地で生活するというストレスも少なからずあったと思います。

そんな大変な状況でも、先輩、後輩の助けをもらいながら、何とか業務に慣れていけるよう努めました。

 

噂の上司2人が待つチームへの異動

名古屋で僕が配属になったチームは僕を含めてトップが3人いました。

個人の役職的には上司2人の方が上(マネージャー、僕はリーダー)でしたが、チームの中での役職というか役割としては僕と上司2人は同じ「予算執行責任者」でした。

ようするに人数が少ないチームにも関わらず、一つのチームに3人のトップがいる状態だったのです。僕は上司2人と協力しながら予算やチームのことなど同じ目線で話をしていました。

なので、上司2人とはとても仲がよく、よく飲みに行く仲でもありました。

しかし、慣れてくると本性が出てくるものです。

 

ここでちょっと説明しますと

  • 上司1(男)

東京の時から知り合いでよく飲みに行く仲でしたので、名古屋にきた時はとても助けられました。

しかし、東京で同じ支店で働いていた時も横目で見ていたのですが、仕事になるとかなり厳しい。怒った時の口調は舌を巻くような感じ。彼の叱責で辞めていく人も何人かいるのは知っていました。

ですが、東京の時は僕は飲み仲間でもありましたし、僕にはある程度認めてくれている部分もあったので叱責するようなことはありませんでした。

 

  • 上司2(女)

こちらの上司は存在は知っていたものの、一緒の支店になるのは名古屋で初めて。

色々と噂は聞いていましたが、初めはとても気にかけてくれるし、頼れるいい上司でした。

しかし、慣れてくると噂通り。

叱責まではしないものの、常にイライラで話しかけづらく、人によって対応を変え、僕の発言にはことごとく否定するという感じで簡単に言うと「ひねくれている」ような人でした。

 

上司2人は、成長を見込んでの厳しさではありませんでした。これは対応や言動を見ていて明らかです。思い込みではないと思います。

 

この上司2人にプラスして常に怒っている支店長が加わります。

僕は予算を管理する立場でもあったので、予算会議にも出ますし、どうしても支店長が絡んできます。

というわけで、僕の上には3人の上司が君臨していたのです。

 

何かが崩れ始めた名古屋2年目

この上司2人と支店長からの叱責をすり抜けながら、何とか仕事をこなしていきました。

ですが、2年目に差し掛かった時です。

僕は仕事で大きなミスをしてしまいました。

このミスによって取引先に大きな損失を与え、僕は名古屋から愛媛まで謝罪に行きました。

それからというもの、ミスにミスが続きました。

その度に上司から叱責を受け、自分でも「これはまずい…」と「何か負の連鎖に陥ってる」と感じましたので、仕事を見つめ直し、残業も気にせずとにかくミスが起きないように確認に確認をして絶対にミスが起きないよう努めました。

しかし、予想もしないところからのミスが発覚したのです。

確認に確認を重ねて、これは絶対大丈夫だと思っていた案件で、それでも僕が不注意だとすればその通りですが、まさかそんなことが起こることなんてあるのかという側面からのミスが発覚したのです。

もうこの頃から何をやってもうまくいかない状況でした。

挙句の果てには、道で歩いてて変な輩にからまれ、警察沙汰に巻き込まれるということもあるくらい。

良かれと思って取り組むことも良くない方向に事が進み、もう何かが、全てがうまくいっていませんでした。今でもこう書いていると思いだしては恐くなるほどです。

思い出したくもありませんね。

 

うつ病に気付いてなかった時期

そんな中、普段の生活はどうだったかというと、普通だと感じていながらも今思うとうつ病の予兆は十分にあったなと感じます。

 

毎日夜中2時まで仕事

上記に書いたように名古屋の仕事は業務量が多いということもありますが、支店長と上司2人に毎日企画書を提出するのに、毎日夜中2時まで仕事をしていました。

まだまだ2時なんて甘ちゃんだと思われるかもしれませんが。

それでも上司2人と支店長に突き返される毎日。

もう誰のために仕事をしているのか分からなくなるくらいの毎日でした。

 

顔が死んでいる

これは自分では気付いておらず、妻に言われたことですが、毎日家から会社に行く時と帰ってくる時の顔が死んでると言われました。

心から会社に行きたくなかったのでしょうね。

 

楽しいことをしていても常に仕事を考える

それでも妻は名古屋まで付いてきてくれて、妻は気を利かせてくれて僕の好きな旅行やライブや映画に行きました。

でも、何をしてても携帯が気になる。

楽しいことをしてても頭の中には仕事のことが浮かんでいる。笑える場面があってもうまく笑えない自分がいました。

 

毎晩酒を飲まないと気が休まらない

僕は気付かぬうちに毎晩アルコール度数9%のストロングのお酒を飲むのが習慣になっていました。もう飲まないと眠れないのです。

手が震えるとかアル中までではなかったものの、完全に酒に依存していたのだと思います。

 

布団から起きれなくなる

ついにこのときが来ました。

上記のように前触れはあったかもしれません。でもいつもどおり出社しようと朝起きた瞬間です。

意識はあり、目覚めてはいるのですが、起き上がれない。金縛りはあったことがないので分かりませんが、起き上がろうにも全く体が動かない。

そして、冷や汗が出てきます。

何とか起き上がったものの、精神状態としては完全に参っており、布団で呼吸を整えて何とか支度をして出社をしたのです。きっと、上記で書いたように「這いつくばってでも頑張る」という自覚があったからでしょう。

何とか出社はできたのは、ただこの無駄な意地があったからだと思います。

 

「死にたい」という気持ちが分かってしまった

メディアでもたまに仕事が原因で自殺してしまう人の報道を見ますが、以前は理解できなかったのですけど、この時だけはそうなってしまう人の気持ちが少し理解できたのです。

「もうどこにも逃げられない」。だからそういう気持ちになっていくんだと。

「死にたい」という気持ちが僕に芽生えていたわけではありませんでしたが、理解できるところまで自分は来ているのだと、自覚しました。

 

支えてくれた妻の存在

僕は元々前述したとおり、この会社で骨を埋めるつもりでやってきたわけですし、それなりにもプライドもあります。

それ以上に、今全てを投げ出して本当にいいのかという不安がありました。

僕たち夫婦は子供はいませんが、妻はいますので。

今逃げたら、会社を辞めたら給与面などに影響が出てくるのは間違いありません。

なので、自分でもう心身ともにまずい状況まで来ていることを自覚していたとしても、どうすればいいのかも考えられない状況でした。

ですが、こうした状況を見かねた妻が「頑張らなくていい」「会社なんて辞めてしまえばいい」と言ってくれました。

その時、恥ずかしながらも号泣し、決意を固めたのです。

 

妻にも普段から迷惑をかけていたことも事実ですし、この状況を打開しないとまずい状況になることも分かっていました。なので、とにかくこの場から離れる「逃げる」ことを決意したのです。

 

東京に異動願いを提出

翌日、上司を呼び出して異動したいという話を切り出しました。

理由について、上司がどうだとか、そういう話はせず、「自分の力の無さで限界に来ている」という理由で勝手だけど、東京に帰してほしいと願い出ました。

本当は東京に帰りたいわけではなく、今すぐ辞めたかったのです。

ですが、辞めたら名古屋で新たな職を探すにはリスクが大きすぎる。東京にまずは帰してもらい、それから転職活動を始めようと計画を立てたのです。

上司、それから支店長に言ってもなかなか状況は変わりません。

僕は本来の手続きを踏まずに打って出ました。

 

人事部に直接連絡

今すぐに状況を変えなければならない。

よって、僕は本来はしっかりと支店長から人事に連絡をしてもらう手続きを待たずに、自らご法度とされている方法である人事部にヘルプの連絡を入れたのです。

すぐさま人事から連絡が入りました。「今から東京に来い」と。

支店長、上司には病欠と行ってすぐ東京に来いと言われ、すべてを打ち明け、僕は無事東京に異動となったのです。

この時の人事の対応には本当に感謝しています。

 

この会社にキャリアはないと悟った

この一連のイレギュラー異動があり、無事東京の部署に異動となりましたが、そこには僕のキャリアはもうありませんでした。当然です。

上層部は僕の異動理由を知っているので、病者扱い。もうこの会社に僕のキャリアはないと悟りました。

でもいいのです。人事部に連絡した時点で僕はこんな人達がいる会社にはいたくないと、転職を決意していたので。

そして、僕は転職活動をして今に至ります。これが本当の転職理由の一つです。

 

振り返ってもあれはパワハラだった

何もうまくいかなかったのは僕のせい。僕の能力が劣っていた。これは間違いありません。

でも、今振り返ってもあの2人の上司の対応は「パワハラだった」と断言できます。

もしこういう人が近くにいたらまずは近寄らない。そして自分の身が壊れる前にその場から逃げましょう。

 

やっぱり仕事で重要なのは「人」です

どうしても仕事をしていく上で人と接していかなくてはいけません。どんな仕事でも多少は人と会話しなくてはいけないと思います。

僕は名古屋から東京に異動した時、その時の上司はとても人がよく、仕事に専念できました。その時、やはり仕事は人だなと痛感しましたし、今転職した新しい職場でも同様に大事なのは人なのだと感じました。

とてもいい環境で働けています。

だからこそ上記で書いたように、「あれはパワハラだったのだ」と断言できるのです。

 

逃げるは恥ではない、そして役に立つ

日本でも大人気ドラマでこのタイトルはハンガリーのことわざですが、「問題と向き合わず逃げることは普通に考えると恥ずかしいことだが、逆にそれが最善の解決策になることがある」という意味だそうですが、本当にそのとおりだなと思います。

一つ修正するなら、「恥ずかしいこと」では全然ありませんよ。

僕は逃げた後、以前より素晴らしい仕事が待っていましたよ。

 

最後に伝えたいこと

すぐ逃げよう

まずは自分が何かしら前兆がないかを確認しましょう。僕の場合は前述したとおりでした。

一度立ち止まって、自分の情報を客観視します。なにかしら予兆があるはずです。

 

なかなか仕事に追われている状況で立ち止まることは難しいかもしれませんが、一度自分の置かれている状況、自分の本来の目的、仕事をする意味を確認するのです。

そして何よりも、今嫌な上司に悩まされている状況なのであれば、

すぐ逃げましょう。

うつ病克服にはこれしかありません。その後も素晴らしい未来が広がっています。

 

子供が何人いるからそう簡単に辞められないという事情があるかもしれませんが、僕は体が壊れる前にとにかく逃げることが大事だと思います。

転職じゃなくてもまずは人事異動だけでもいいです。

でも同じ会社にいることは逃げたことにはなりません。解決に至らないと思います。

またどこかで出くわすでしょう。

転職活動を必死に頑張って、そっちにコミットしていけば会社へのプライドも無くなりますし、そのほうが未来は確実に広がります。

 

気の合う人と沢山話そう

Serena WongによるPixabayからの画像 

 

僕の場合、助けになったのが妻でした。

やっぱり話すと楽になりますし、自分の考えが正しいかどうかの判断にもなります。

結婚されてなくても気の合う友人、仲間と話すことで決心につながるのではないかと思います。

 

今回は【転職した本当の理由・外伝2】ということで書いてきました。

でも、今では感謝とまではいかないまでも、転職もできて世界も広がりましたし、「まあよかったかな」と思えるくらいにまでなっています。

もし今悩んでいる方がいるなら、一歩を踏み出しましょう!

それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました